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■全国的にも非常に有名な、この「小坪トンネル」に訪れたのは平成16年のこと。 若き頃によく訪れた心霊スポットなだけに、新鮮味こそなかったが、懐かしさを感じつつの現地取材である。 とは言うものの、昼間に訪れたのは、もしかしたら初めてかもしれない。そういった意味では、新鮮…と言えば新鮮だったように思えなくもない。 |
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■この小坪トンネルが、果たして何時の頃から有名であったのだろう。 私が心霊と言う物に興味を抱いた頃には、もう既にメジャーであったような気がする。 手元にある書籍を調べてみると、古いもので1976年初版発行「日本怪奇名所案内(著:平野威馬雄)」というのがある。1976年と言えば、私が7歳の頃だ。どうりで古くから有名であった筈である。 余談なのだが、上記書籍の著者が「平野威馬雄」とあるが、この方の子供が、強烈な個性で有名な、料理研究家の「平野レミ」である。 その個性に好みが分かれてしまうのかもしれないが、個人的には好きな料理家である。 また余談ついでに、その平野レミ氏の息子が、TRICERATOPSのボーカル・ギターの「和田唱」である。トライセラも「なかなか良いね〜」なんて思っていただけに、平野レミ氏の息子と知った時の衝撃は大きかったのが懐かしい。 …どちらにしても、今さら語る必要のない位の知識であるのは言うまでもないのだが、思うがままに記載しておいた。 |
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■いきなり新小坪隧道内部の写真の紹介。 通り過ぎる車の残像が写ってしまっている。 新トンネルなので怖さはない…と言うよりは昼間なので怖くないと言った方が正しいだろう。 |
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■さて、そんな古より語られている「小坪トンネル」なのだが、その書籍に目を向けてみると、ふとした疑問に突き当たる。 その書籍には、決して「小坪トンネル」とは記載しておらず、鎌倉のお化けトンネルとして紹介しているのだ。その内容に目を向けてみると、この様に記述されていた。 「材木座小坪を通って、逗子の背面に出るトンネルだ。2つあるうちの、新しいほうが、それなんだ。」 と言う事なのだが、このエピソードを1970年初頭の出来事だとしよう。この時点で、おそらくこの現地には、もともとあった「名越隧道」と「小坪隧道」との間に、「逗子隧道」が1966年に竣工されている。なので、その時点で現地には「3つのトンネルがある」と言うのが正解だ。 ならば、年代が逗子隧道の竣工前だと想定すれば良いのではとも思うのだが、この書籍には冒頭に、 「タレント仲間三、四人と〜」 こうも記載されている。 キャシー中島氏のタレントデビューは1969年の筈なので、それ以降にタレント仲間という人脈が出来たと考えるのが妥当だろう。それを踏まえれば、自ずと年代の誤差の疑問は消える。また「名越隧道」と「小坪隧道」は、ほぼ同じ時期に作られているので、「新しい方」という表現が使われている点から考えても、やはりその年代誤差の推理は消去せざるをえない。 また、その書籍には手書きの地図も添付されているのだが、その地図で確認出来るトンネルは、今回紹介するトンネルとは違う場所なのだ。 その地図によれば、国道134号線の逗子と鎌倉の境にあるトンネルを指し、それを「お化けトンネル」としているのである。因みにそのトンネルの名称は、おそらく「飯島トンネル」か「伊勢山トンネル」だ。 なぜ明確に1つに絞れないのかと言えば、その添付された地図が手書きで端折っている部分が多くあり、複数あるトンネルも1つしか掲載されていなかったりするからだ。 ただ、その添付地図のトンネル位置からすると、どうも「伊勢山トンネル」を指している気がしてならない。しかし、そうすると今日び有名な「小坪トンネル」からは、さらに位置的に離れてしまう事になってしまう。 なお、前述の「飯島トンネル」の付近には、これまた複数のトンネルが存在し、その中に「小坪隧道」という同名のトンネルが存在している。また、もう1つのトンネル「小坪海岸トンネル」と合わせて「小坪トンネル」と呼ばれているそうである。 そう考えると、こちらのトンネル群の方が正解なのでは?と思ってしまうのだが、トンネルが3つ存在している点で違ってしまう。しかしながら、例えば「小坪海岸トンネル」が当時なかったと想定すれば、「飯島トンネル」と「小坪隧道」とで新旧が成り立つ。 また「小坪海岸トンネル」が既に存在していたとして、134号から外れた道路にある「小坪隧道」と「小坪海岸トンネル」とで新旧とも考えられる。…少々無理があるだろうか? しかし、平野威馬雄氏の書籍には、こんな表現もされている。 「逗子の背面に出るトンネルだ」 これをどう解釈すれば良いのだろうか。今現在の逗子マリーナを「逗子」と見立てれば、確かにその背面に坑口が存在するのが「小坪海岸トンネル」だ。そしてトンネルも比較的新しい。こちらが正しいのだろうか。 …もはや予測だけでは解らないレベルになってきたように思える。 とりあえず写真紹介を済ませ、続きは次回に書く事にしよう…。 |
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■新小坪隧道を抜けると、次に待ち構えるのは「新逗子隧道」となる。 隣に見えるのが「逗子隧道」だ。 |
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■新逗子隧道の内部。 向こう側に見えるのが、順番的にも当然「新名越隧道」となる。 「新」の付くトンネルは、当然ながら現地においては新しい物だ。と言っても、出来上がった頃は私がまだ「よちよち」の赤ん坊の頃なのだが。 |
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■新旧名越隧道の写真。 旧名越隧道の坑口は、新たに防護された様だ。 新トンネル内部の写真は端折ってしまう事にする。 |
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■名越隧道坑口の写真。 なかなか貫録のある、歴史を感じさせる坑口だといえるだろう。 |
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■内部の雰囲気も、新トンネルとは雰囲気が違う気がする。 それもそのはずだ。現地では一番古いトンネルに分類されるうちの1つなのだから。 |
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■とりあえず、この辺で終了し、次回「その2」に続くとしよう。 その2へ続く |
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