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□この話は「S様」が、 2004年3月9日に投稿して下さった作品であります。 |
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■投稿作品第九十七話 時空を越えて |
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もう十年以上も前の話。 私が中学生の頃、終戦記念日をあえて選び、市谷の■国神社にある遊就館を見学しに行った。 もちろん見学の目的は、終戦記念日の冷やかしではない。 戦争とはいかなる事なのか、その苦しみを抱えて生きる人々を通じ、戦争の悲惨さを知ることができればと、そこには疚しい気持ちなど一切かった。 忘れもしないあの夏の八月十四日。 あの暑い日の終戦記念日。 そこでの出来事をお話したいと思う。 遊就館館内には実際に使用されていた零戦、銃痕生々しい水筒。 殉死者の遺品や遺影、遺書と様々な展示物があり、そこには事細かく詳細が書き加えられている。 そのいずれからも戦争の壮絶さを容易く感じることができるものであった。 次へ次へと展示物に目を移らせているそんな最中に事は起こった。 針で突き刺される痛み、火で炙られる激痛、刃をゆっくりと上下に動かされるような… これらのような実際に体験しなくても例えられてしまうような激しい痛みが私の目を襲った。 館内には十分すぎるほどの空調が施されていて、全く乾燥などしていない。 目の周辺を触った覚えなど全くない。 堪えられない激痛は容赦なく私を襲い続ける。 あふれ落ちる涙。その様子を例えるのならまるで滝のように… 人目を気にし、必死に堪えようとするが一向に収まらない。 むしろ酷くなる一方だった。 知らない間に私は朦朧と無意識にしゃがみ込み目を覆っていた。 妙な事に聴覚だけは冴え渡っていた。 友人は私を心配しもう一人の友人と何事か相談しているようだった。 一般の見学者の哀れんだ言葉が私の耳元に届いた。 私は得体の知れない痛みとかなり長時間に渡って戦っていた… どれくらい時間が経ってからかは定かではない。 その激痛に徐々に解放され始め、ようやく目蓋を開く事ができたその時、私の目に映っていたある将校の肖像画には次のような詳細が書かれていた。 「顔面に複数の銃弾を浴び遺体で発見された」 遊就館にはそれ以来、近づきませんでした。 しかし、去年の夏、■国神社で行われている「みたま祭り」というお盆の縁日に当時の彼女と遊びに行った際、その出来事を何も告げていなかった彼女は遊就館近づくと、 「ここは行かないほうがいい気がする」 と酷く脅えていた… |
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