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■第三十四話 警告音:吹上隧道にて |
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とある年の春先に、書籍の執筆の取材として「吹上隧道」に訪れた事があった。 以前にも幾度か来たことはあったが、いずれも昼間の取材であり、この時も明るい時間帯であった。要するに、それほど緊張せずの取材という訳である。 その日の取材は、南関東を北から南へと南下しつつ、複数の心霊スポットに訪れる予定であった。してこの吹上隧道は、その日の最初に訪れた心霊スポットであった。「本日一発目の現場」という意味では緊張したかもしれないが、それでも昼間の時間だ。緊張感や恐怖感は皆無といっても、決して大げさではない心境であった。 心霊スポットに向かう際にも、よく有り勝ちな“幸先の悪い出来事”も特になかった。強いて挙げれば、思いのほか道路が渋滞していた事だろうか…。 そんな関係で、予定していた時間より遅れ気味での現地取材となった。 この心霊スポットは、周知の事だどうと思うが、計3つのトンネルが峠に存在している。現役のトンネルと、役目を終えた2つの旧トンネルなのだが、その中でも1番古く歴史を感じさせる「旧々吹上トンネル」が、見た目にも噂的にも強烈だ。 坑口は崩壊しつつある感じであり、内部には照明設備なんて近代的なものは何もない。入ってしまえば、その内部は完全なる“闇”であり、光源といえば両方の坑口から差し込む光のみしかない。 そんな旧々吹上トンネルは、基本的には内部への侵入は禁止とされフェンスも設置されている。しかしながら、そのフェンスは見事に破壊されており、実際は内部に入ることは可能だ。 もう1つの旧トンネルは、車での侵入は出来ないが、遊歩道として入る分には何ら問題はない。内部には照明も設置されており、オレンジ色の光が等間隔に灯されているので、恐怖度は旧々吹上トンネルに比べれば格段に下がる。もっとも、そのオレンジ色の光が、ある種の独特な雰囲気を作り出しており、怖さを全く感じない訳でもない。しかし…やはり恐怖度的には低いレベルといえる。現地に到着して、まずはその旧トンネルから“小手調べ”的に撮影を始めた。
旧トンネルの内分に実際に入り、撮影しながら先へ進む。やはり取り立てて怖さを感じることは無い。時折流れてくる冷気に「ドキッ」とさせられなくもないのだが、恐怖度としては相当低い。やはり余裕の取材といえるだろう。取材の始まりに、喜びすら感じた位であった。
そんな余裕の取材の後、続け様に旧々トンネルへと向かった。 先にも書いたが、霊の噂が多く聞かれるのは、やはり旧々吹上トンネルである。その朽ち果てる寸前の風貌は、我々に何かしら恐怖を感じさせるには十分過ぎるし、それは霊感が無いと思っている人であったとしても、何かしら感じるであろう。 しかしながら、当日は平日の昼間。その恐怖感も、気候の良い明るい周囲により掻き消されてしまうのは致し方ない。実際に旧々トンネルを目の前にするまで、恐怖感を全く感じず、それこそ余裕の足取りで進んでいったのであった。
しかし、いざ旧々トンネルを目の前にした時、まるで思い出したかのように恐怖感が私を襲った。何とも言葉では形容し難い、孤立感というか無力感というか…何とも独特の、特有の恐怖感である。 突然我を襲ったその恐怖感は、よっぽどの物だったのだろう。坑口を目の前にして、早々に 「あ、今日は内部の取材は止めておこう」 と即座に決意し、即座にその場を後にした程なのだから…。 しかしながら、そこから離れようと数メートルあるいた時、さて自分は何をしたいがために、この様な取材をしているのかという疑問が込み上げてきた。 (怖いからこそ内部を取材するべきだろう) そんな事を考え、再び坑口へと進んだ。 わざわざここまで遠出しておきながら「怖いから止めました」は、さすがにナシだろう。そんな感じで、それこそ半笑いで坑口まで戻ったのだが…やはり坑口の前に立つと怖い。 その怖さは、例えば「暗い」とか「不気味」とか、そういったものとは、やや違う。いや、大きく違う。言うならば、それはまるで、このトンネルが「中へは入るなよ」と、強く意思表示しているかの様であった。 「いや〜…やっぱダメだ!帰ろう!」 情けない事に、またしてもその場から離れてしまったのであった。 しかし、坑口から数メートル離れると、今度もやはり疑問を抱き、そして坑口へ引き返す…。 正直に書けば、上記のこの往復行為を3〜4回は繰り返したのではないだろうか。根本的に憶病な私としては、実に“らしい”行動なのだが、それにしても情けない。 余りの情けなさに、書く事さえ戸惑ったのだが、ここは正直に書いておくことにした。
そんなこんなの末、旧々トンネルの坑口の前で威圧感に押しつぶされそうになりながら、カメラを用意し撮影ながら歩を進める。 (うわ〜…嫌だな…何だか嫌な雰囲気だな…) なんて思いつつ、それでも1歩1歩トンネル内部へ進んでいった。 そんな時、トンネルの内部から、何か妙な音が聞こえてくるのに気が付く。 (あれ?何の音だろう???) その音は、これまた何とも例え様のない音なのだが、表記すれば“異音”としか書き表せない。文字としてで表現すれば 「ごにょごにょごにょごにょ…」 となるのか、はたまた 「しょわしょわしょわしょわ…」 となるのか…やはり文字で表現するのは難しい。 似ているもを強いて挙げるのならば、何となくセミの鳴き声に似てなくもない。しかしながら季節は4月であり、セミまもとより虫が鳴く季節ではない。しかも聞こえてくるのはトンネルの内部であり、セミが住んでいる場所とは到底考えられない。 では一体この音は何なのだろうか? 考えてみたものの、明確な答えなんで出るはずもない。 出るはずはないのだが、個人的な感覚“だけ”で、その音の答え…というか、意味を書かせていただくのならば、それは 警告音 の様に感じたのであった。 当初より感じていた、潜入する人を拒んでいるかの様な強烈な雰囲気。それを無視して 侵入し始めた途端に聞こえ始めた、この不気味な異音…。 (うわ〜…これって絶対に歓迎されていないよぉ…) もちろん根拠なんて無いのだが、それでもその異音を聞いた時、真っ先に思ったのが上記した言葉であった。 とりあえず、内部に踏み入れた足を戻し、2〜3歩後退してみる。すると、その異音は何故か止むのであった。そして試に、もう一度侵入してみると…やはり 「ごにょごにょごにょごにょ…」 という異音が聞こえ始めるのだ。 しつこくもう一度後退してみると異音は止み、トンネル内部に再び足を入れると異音はなり始める。 (やっぱ拒んでいるんだ…) 自分的には、もはや答えは確定であった。 この時、さすがにこの現場を離れようと真剣に考えたのだが、もう既に内部に何度か足を踏み入れてしまっている。ここまで来ると、引き返すのも逆に怖くなってくるし、何よりその異音の根源を知りたくもなってくる。それに何より 「こんなんでは取材にならない」 という思いが強いのもあった。恐怖心は相変わらず大いにあったのだが、意を決して内分に恐る恐ると潜入した。 内部では、相変わらず例の異音は鳴っている。近くで鳴っている様な、遠くから聞こえてくるかの様な…距離感は全くつかめないのだが、確実に私には聞こえてくる…。 そんな警告音を無視するかの様に、内部へ1歩・2歩・3歩と、時に写真撮影をしながら少しずつ進んでいった。 撮影の際のフラッシュで、瞬間的にトンネル内部が確認出来る。その内部には、特に異音を放ちそうな生物は存在しなかったように思うし、また後にデータで確認しても、そんな生物は見られなかった。 そうこうしながら、足を10歩ほど内部へ進んだ頃であろうか。今まで聞こえていた異音が、突如として数倍も大きな音となり、私の耳に鳴り響いたのであった。 これも文章で表現するのが難しいのだが、先ほどまで聞こえていた音を 「ごにょごにょごにょごにょ…」 と表記するなら、その後に鳴り響いた異音は 「ごにょごにょごにょごにょ…」 といった感じである。 要するに大音量という訳なのである。 「これは絶対に私に対する警告音だ!」 もはや私の中では完全に確定であった…。そして恐怖度は最高潮へと向かっていった…。 しかし思うに、その異音は果たして実際に音として鳴っているのだろうか? いや、言いたい事は要するに、 「音としての根源があって、それが空気を振動させた上で、私の鼓膜まで届いているのか?」 という疑問である。 私が感じたのは、どうも鼓膜に響いているのではなく、体の内面から鳴り響く様な、はたまた鳴っている様にイメージさせられているような…何とも表現しづらいのだが、精神的に聞こえてくるような印象なのである。 恐怖心に慄きながら、そんな疑問を抱いていた時、遠くに見える向こう側の坑口から差し込む明かりの他に、小さいのだけれども、かなり明るい光が私の前を移動するのが見えた。 その光は、瞬間移動とまではいかないが、物凄いスピードで上下左右に無造作に 「パッパッパッ」 と移動した。 最近の動画サイトなどで見られる、未確認飛行物体が素早く移動するような、そんな感じでトンネル内を飛び交っているのである。 ただ、圧倒的に違うのが、その大きさだ。例えるならば、ピンポン玉のサイズだろうか。その動きは私がイメージする人魂の動きと比べると、異様なまでにシャープであった。 今にして思えば 「あれって人魂だったのかな?」 と思うのだが、当時はそんな事を考える余裕もなく、思いっ切りパニック状態に陥り、その場を走り去ったのであった。要するに、そこで吹上隧道の取材は終了という事となった訳である。
次回、もしこの旧々吹上トンネルに向かう機会があるのなら、この異音…いや「警告音」に着目した上で、じっくりと訪れたいと思っている…。 しかしながら、時を経た現在、この旧々吹上トンネルは両方の坑口が鉄板で塞がれてしまい、内部に入るのは完全に不可能となってしまった。再び潜入し、その警告音を再び聞くことも真意を探ることも、もはや不可能となってしまった。残念なことだとは思うのだが、これもまた致し方ないことだというのも良く分かる。危険性や迷惑行為という様々な観点から、この様な処置は必然であったのだろう。 そして思うに、坑口が塞がれたということは、内部には絶対に入れない訳である。したがって警告音を鳴らして侵入を拒む必要性が無くなったともいえる。 それは即ち、この旧々吹上トンネルであの警告音が鳴り響くことは永遠に無くなったということなのだろう…。 いや、本当にそうなのだろうか? 実はあの物々しい鉄板の向こう側では、けたたましく警告音が鳴っているのかもしれない。ただ鉄板のせいで、その音がこちら側に聞こえてこないだけなのかもしれない。 そして、あの鉄板の向こう側では、今も変わらず動きのシャープな人魂が素早く動き回っているのかもしれない…。 つい先日、旧々吹上トンネルに訪れ、鉄板で塞がれた坑口の目の前に立ちながら、そんなことを考え、怖いながらも妙な気持になりつつ、その鉄板をしばらく眺め続けていた…。
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