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■第二十五話
真夏の夜のトンネル
〜10年前の出来事を改めて振り返って〜

注:この作品は当サイトのメルマガ「路地裏通信」で公開したものです

■その7【押し寄せる出来事】


恐怖心から開放されたバイト諸君は、得意の他愛のない会話をしながら歩く。
その後ろを、私とT橋さんが「ふぅ」とため息をつきながら続く。

トンネルから100メートルほど離れた場所に、私の車を停めておいたのだが、そこに向かう途中、奇妙な声が私の耳に届いてきた。
いや、“奇妙な”というよりも“不吊り合いな”といった方が正しいであろう。
もっとも、その声を聞いたとき、はじめは

近所の家での会話だろう

としか思わなかったのだが、考えてもみれば時間は深夜の2時は確実に過ぎていただろうし、辺りを見渡すと、そんな会話をしていそうな家も見当たらない。

不審に思い、その声に耳を傾けてみる。




「あはは…」



「うふふ…」



「…だよねぇ…」




その声は、まるで子供達が砂場かどこかで遊んでいるかのような、楽しそうに遊んでいる声に聞こえた。




(…ウソでしょ…こんな時間に…)




(だいたい周りに家なんてないし公園だってないだろ)




(そもそも子供が遊ぶ時間じゃないだろ…)




考えれば考えるほど妙に感じ、たまらず仲間達に



「いま子供の声が聞こえるよ!!」



と、声を荒げて叫んでしまった。
その声に驚き、バイト諸君が一斉に振り向いた。



「ほら…聞こえるだろ」



私の問い掛けに、バイト諸君は



「え…聞こえませんよ…」



と言いながら首を傾げている。



「ウソじゃないよ、ほら…」



再び耳をすませ、先ほど聞こえた“子供達の声”を聞き取ろうとした。
しかし…


聞こえない…


先ほどまで楽しそうにしていた声は、なぜかすっかり止んでしまい、異様とも思える静けさばかりが現地を包んでいた。



「いやいや、ホントだってば!聞こえたんだって!!」



しかしこの懸命な私の言葉も、バイト諸君には伝わらなかったようだ。
まるで「ウソでしょ〜」と言わんばかりの表情を浮かべているなか、横にいたT橋さんがひと言



「聞こえたよ…」



その言葉にバイト諸君の顔が一斉に引きつった。
続けざま、彼女はこう言った。



「子供が何人かで遊んでいるような声でしょ?笑い声も混ざっていたね」

「左脇の線路あたりから聞こえたと思うよ…多分…」



私は、確かにその場で“子供の声が聞こえる”とは言ったが、“数人で遊んでいるような声”とは決して言わなかった。
しかし彼女の説明は、私の聞いた声と同様であったことに、空耳ではなかったという安堵と共に、


その声は一体なに?


といった疑問を抱く。
そして次に襲うのが、開放されたと思っていた恐怖心であった。



「おい…周りに明かりのついた家なんてないよな」

「ちょっとヤバいんじゃないの?」

「早く車に戻りましょうよ!」



顔を引きつらせながらバイト諸君が口々に言い始め、小走りに車に向かう。
私とT橋さんも、それに続き早歩きで進む。



「ちょっとマズい雰囲気?」



私のこの問い掛けに、彼女は若干の“間”のあと“コクン”と首を縦に振った。



(そうか…マズいのね…)



そう思いながら、車に到着する。
鍵を開けた途端に、バイト諸君はドアを開け車内になだれ込んだ。



「早く行きましょうよ!!」

「なんだか怖いッスよ!!」



声を荒げながら、後部座席よりバイト諸君が叫ぶ。
私は無言のまま、車のエンジンを掛けた。
パニックに陥らぬよう一呼吸し、ハンドルに手を掛け



「さあ、慌てずに行こうか」



と言った時、誰かが私の背中の中央よりやや上を




トントン




と叩いた。



「ん?誰だよ背中を叩いたのは?」



この問い掛けに、バイト諸君は目を真ん丸くしながら



「叩いてないッスよ」



という。



「ウソだろ!背中のこの辺を…」



と指で叩かれた箇所を指差したのだが…考えてもみれば、その箇所はシートに接しており、後方から叩く事は、物理的に出来ない事に気づいた。
その事実はバイト諸君も理解したようだ。

車内には冷たい空気が流れ静まり返ってしまった。
興奮を押し殺しながら、視線を前方に向け再びハンドルに手を掛ける。



(早くこの場から離れなければ)



と思い不意にバックミラーを見ると…後部座席の中央に座っていたバイト諸君の“S原くん”の額の中央に



六角形の光



が浮かび上がっているではないか!!



(何だよ…何なんだよその光は…)



この事をその場で告げようと思ったのだが、それを言ってしまうと確実に車内はパニックに陥るはずだと思い、その事は告げずに車を走らせた。
バックミラーは見ないようにしながら…。


気が付くと、外は小雨が降り始めていた。
思い出したかのようにワイパーをオンにする。
徐々に落ち着いてきたのだろうか…。
車を数キロ走らせ、目に付いたコンビニに立ち寄る事にした。
落ち着きを取り戻したバイト諸君、それにT橋さんはさっそく店内に向かう。
私は車に残り、深呼吸しながら先ほどの出来事を振り返っていた。



あの子供達の声は何だったのだろう

背中を叩いたのは誰なのだろう

額に浮かんだ六角形の光は何の意味があるのだろう



そんな事を考えても、答えなんて出る筈もなかった。
疑問ばかりが頭をめぐり、それでも現地から遠く離れたためか、安心感と共に、



「別にどうでも良いことかな…」



と思い始めていた。

胸のポケットよりタバコを抜き取り、とりあえずの一服を深く吸う。
何気なく目線を前方に向けると、ワイパーをきり忘れていたらしく、左右に絶えず動いていた。
それを止めるでもなく、意味も無しに眺める。



ワイパーに当たる箇所には、当然水滴は殆ど付いていない。

ワイパーに当たらない箇所は、当然水滴が沢山付いている。



そんな当たり前すぎるフロントガラスを何気なく眺めていた時、ガラス中央下の、ワイパーが当たらずにいた水滴が、



一斉に下から上に上り始めたのだ!!



身体が一気に硬直するのが分かった。
そもそも水は、上から下に流れる筈である。
その常識とは全く正反対の出来事が、目の前で起きたのだ。



(もう勘弁してくれよ…)



そう思った時、バイト諸君とT橋さんがコンビニから戻ってきた。
青ざめた顔をした私を見たバイト諸君が



「どうしたんですか?また何かあったの?」



と問う。
しかし私は



「い…いや…何にもないよ…」



とウソを付き、そのままコンビニを後にした…。



海沿いに敷かれた国道を、江ノ島に向けて車を走らせた。



夜の闇に薄らと浮かぶ海面が、異常なまでに不気味に感じたのは



後にも先にも、この時が一番であったと思う…。







あの時に同行したメンバーも、今となってはみな散り散りとなり、連絡することすら出来ない状況である。
異様な体験をした、あの時の車も、その後様々な奇妙な体験を繰り返し、最終的には廃車となり現在では見る事も出来ない。



あの時の様々な体験は、一体何だったのだろうか…

10年以上経過した今となっては、知る由なんて見当たるわけもなく

自分の中では



「もうどうでも良い事かな…」



なんて思う部分は少なからずある。


その“隙”を、霊は見逃してくれるのか…


この体験談を書いている途中に、背中を




トントン…



と叩かれた気がしたのは…

恐らく私の思い込みでしかないのであろう…。




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